Chapter Text
マスターカーン、ウォリアーキング、世界一危険な男……。
数々の異名で呼ばれてきた私は、何時の時代も他者を圧倒する絶対的なアルファだった。征服する側である一国の王ですら、私の前では膝を折ってしまう程……私のフェロモンは常にヒエラルキーの頂点にあった。
──だが、実際にそれをもたらしていたのは、テン・リングスの力で。
シュー・ウェンウーは千年前、オメガだった。
そう……私は、十の腕輪を付ける前、アルファだけでなくベータにすら影響を及ぼしてしまう程の重い発情期(ヒート)を持った……最底辺の、オメガだった。
抑制剤などのヒートを抑えるオメガに都合のいいものなど無かった当時の私は、毎月ヒートを迎える度に、何十人ものアルファに輪姦され、犯され、一週間に渡って性欲の捌け口として扱われた。
アルファが使い終わると次はベータが私を慰み者にし、ヒートを終える頃にはもう指一本動かせず、毎度、“絶望”、それだけが胸の奥に沈殿していた。
死にたいと思っても、子供を産む為だけに存在していた当時のオメガは、アルファによって徹底的に管理され、繁殖の為の道具として鎖に繋がれていた。……つまり、私が発情していなくても、アルファが発情期(ラット)になった時には性欲処理として使われるし、そうでなくとも、毎晩地下にやってきては、奴らは私を犯し、嬲りものにした。
お前にはこれがふさわしい食事だと精液を喉奥に直接放たれ、一滴でも溢せば身動き取れなくなる程殴られ、手酷く犯される。泣いて謝っても赦しては貰えなくて、無理矢理孕め孕めと子種を子宮に放たれて、妊娠の恐怖に怯える日々だった。
どうして、私は男なのに、どうして女みたいに、子供が出来る恐怖に怯えなければならないのかと、がむしゃらに揺さぶられながら毎晩考えた。
だが、答えは明白だ。
──私が、子供を産むのが仕事の、オメガだからだ。
男になんて抱かれたくないのに、抗えない本能が毎月アルファを誘惑し、私の子宮に種付けしてくれとフェロモンを撒き散らしてしまう。
(ああ、なんて、浅ましい身体なのだろうか)
毎日毎日、死にたかった。死ぬことだけを考えて、日々を生きていた。男のモノを酸欠になろうが遠慮なく咥えさせられ、抵抗すれば休みなく犯されて。そこに生き物としての尊厳などなくて、奴らにとって私はただの希少価値の高い具合のいい種壺、それだけだったのだ。
いつまで、続くのか、この地獄は、ちゃんと終わるのか──そう考えながら、二十年以上、私は慰み者にされ続けた。
十五でオメガとして覚醒してから約二十年。……そう、二十年。私は二十年もの間、男のモノを咥え込むだけの生活を送らされた。
うなじを十五の初めのヒートで顔も知らないアルファに噛まれ、その晩の内に強制解除されたせいで、[[rb:発情期 > ヒート]]の周期がめちゃくちゃになったことが全ての要因だった。
“運命の番(つがい)”──だなんて、笑わせる。
(アルファにとって、オメガのような色情魔は、添い遂げる相手などではないのだ)
この世は、神は平等ではない、それが私がこの世界に見出だした、真実だった。
幼少期、皆が空を見上げ神に祈りを捧げている姿を薄暗いあの地下で思い出し、私は鼻で嗤った。
カミサマなんていない。
──何故なら絶望だけが、私が神に与えられた全てだから。
しかし、ある日。村を襲った地震によって、私は二十年ぶりに地下から外へ出ることが出来た。
瓦礫を退かし、階段を上がり地上に出て、ふと、夜空を見上げる。そこにあったのは、私の地獄など知りもしないと言わんばかりの丸々と太った月と、群青色の空に輝く満天の星空で。
それを見た瞬間、胸にあらゆる感情がブワリと沸いた。
強者への焼けつくような憎悪、産まれもって決められている、覆せないヒエラルキーを構築したこの世界に対する怨嗟、そして、強者に対して抵抗する力を持っていなかった為に、何十年も虐げられることを赦した自分への憤怒──。
“力だけが、正義なのだ”
確信した。この世は、力なき者に優しくなどしてくれないのだと、自然によって破壊された村を見ながら私は悟った。
何故なら私を虐げた者たちが、皆一様に呆気なく死んでいたから。
──自然という圧倒的な力の前に屈したのだと、濁った瞳を見て、理解したからだ。
それから私は十年近く盗人として生き、自分を襲い尊厳を踏みにじろうとするアルファを殺せる力を、一人ひたすらに追い求め続けた。
でも、それでも、オメガの本能には抗えなかった。ひとたびアルファに誘惑されれば子種を欲する雌へと成り下がる……どれだけ強くなろうと、私は“子を成す為の道具”というオメガの運命からは逃げられなかった。
──そんな時だ、異様に光輝く……あの蒼い光を眼にしたのは。
抵抗虚しくアルファにレイプされ、噛んでも意味のないうなじを執拗に噛まれ蹂躙され、私はついにその日、心が折れた。
終わった瞬間寝息を立て始めた男の頚をナイフで掻っ切った後、ふらふらの足取りで川へ向かう。
“もう、死んでしまおう”、頭にあったのはそれだけで、いっそ清々しかった気すらする。
だが、川辺の地面から微かに漏れた謎の光。蝋燭しかない当時ではあまりにも目映い光り方に一瞬足がすくんだが、どうしてか……そちらに向かう歩みは止まりはしなかった。
そして。そこを掘り返し見つけたのが……静かに佇む──テン・リングスだった。
いったい何かわからなかったのに、私はそれらに手を伸ばし、腕に嵌めた。
『──ッ、ぁ"、う、ァ"アアアーーー…ッ!?』
腕輪を嵌めた瞬間──身体の造りが、変わっていく気がした。痛みや疲労、うなじについた傷も消え、身体が嘘みたい軽くなったのだ。
──身体が、アルファに造り変えられた瞬間だった。
私はその事実に気付き……声を枯らして泣いた。
これだ、これだ、私が欲しかったのは、ずっとずっと欲しかったのは、この比類なき“力”なのだと、テン・リングスを握りしめながら、星空を見上げ声を枯らして泣いた。
あの日から……私は千年間、ずっとアルファだ。
だが、リーと出会い、今まで会ってきたどのアルファよりも凄まじいフェロモンを放ちながら、他者を威圧せず穏和な空気で包み込むそのオーラに心を融かされた私は、彼女の為に──リングを外す、覚悟を決めた。
リングを外すと決めた時、子供がもしオメガだったら、この業を背負わせてしまったら、という恐怖から事情をリーに打ち明けたが、彼女はにこりと微笑んで、“安心して、ター・ローの血筋は皆アルファよ”と、言ってくれた。
その上“貴方もアルファでいられるわ、過去は置き去りにしていいの”とうなじを噛んで私のヒートを無くし、ター・ローのまじないで傷跡を消してくれて……。
心が、救われたようだった。オメガであることを受け入れるのではなく、私の自尊心を優先し“アルファ”として扱ってくれて、あまつさえ──彼女は、アルファなのに、オメガである私の子供を、産んでくれた。
あぁ、このまま年老いて死ねたらどれだけ幸せだろうか、そう、心から思っていた。
(なのに)
──結局、彼女は私のせいで死んでしまった。
同時に、その日から、私がオメガだと知っている者は誰一人いなくなった。
また、足元を掬う絶望。そしてうなじを噛んでくれた相手が死んだお陰で、否応にも狂っていく肉体。
あまりにも辛すぎて、立っていられなくて、私はリングに手を伸ばしまた圧倒的アルファへと戻るしかなかった。
お陰で、息子も娘も、いまだ私をアルファだと思っている。
──だが、打ち明ける気は、更々無かった。
現代では、オメガは昔より生きにくい。アルファをむやみやたらに誘惑し、瓦解させる危険人物、それが今のオメガへの一般常識だった。オメガへの荒んだ差別と奴隷の歴史を止めるべきだという風潮が広まったある時期から、意図的にオメガが産まれないようにする政策が各国で取られていたせいもあり、オメガは昔より圧倒的に数も減っていた。全体人口の0.001%という割合にまで減少していて、世界はほぼ二割のアルファ、八割のベータで回っている。
だからこそ、滅多にいないオメガが裏でどんな扱いを受けているのかも私は知っていて、テン・リングス時代はその手の組織は片っ端から潰していた。
──お陰で、マンダリンは人身売買は赦さない、そんな噂が流れたが、回り回って闇組織の減少に繋がったので良しとしよう。
そんな希少種のオメガが街を闊歩していることはそうそう無いが、万が一接触されたら、アルファは理性を失う……という危機感だけが、今の世代の共通認識となっていた。
だから、とてもじゃないが子供たちに言うことなんか出来なかった。
たとえリングを息子に譲りその恩恵に預かれなくなっても、月に何度かあの腕輪をつければアルファの身体のままでいられることを私は知っていたし、その辺は別段問題はなかった。……子供たちに、嘘をついている、という罪悪感を、除いては。
だが、魔物に魂を喰われて生き延びてから改心したと自負していても、その嘘は突き通したいと願う程、私はオメガに……あの低俗な生き物に、戻りたくなかったのだ。
それに──私をアルファとして認識し、愛し、抱いてくれている息子に……忌み嫌われたくはなかった。
「……赦してくれ、シャンチー」
すやすやと寝ている息子の頬を撫で、一人ごちる。
それから私はまた寝ている息子を横目に、少しだけリングを拝借して腕に嵌めた。
